百年の孤独 (新潮・現代世界の文学)のレビュー
文学は人をからかうための最高のおもちゃである
この小説の中である男がこういいます「文学は人をからかうための最高のおもちゃである」と。
まさに、そう。全篇からかわれている感じなのです。
たくさんいる登場人物の名前がほとんど同じ、どこからが現実でどこからが作り話かわからない、
現在の話に過去の話が突如入ってきて時間の感覚がわからなくなる。
だから、読み進めながら物語を必死で整理しようとする。でも、それが終わらないうちに次のとんでもないエピソードが始まる。
また整理しているうちに、奇想天外なエピソードが始まる・・・これを繰り返していると、そのうち
「整理できた?現実か作り話かわかった?でも、そんなことどうでもいいよね、あんた頭カタいんじゃないの?」
とからかわれている気がしてくる。「もうどうでもいいや。細かいこと考えずに読もう」そう思った瞬間、
物語の世界に飛び込めました。めくるめく読書体験の始まりです。
この作品で作者がノーベル文学賞を穫ったことからわかるように、出版当時、世界の文学界に衝撃が走りました。
それは、今までの小説とは物語の語り方が明らかに違っていたからでしょう。
普段、ぼくたちが手にする小説はちゃんと辻褄があっているし、あっているということをよしとする。
ちょっと固くなってる"文学"を、"文学"でからかいにきたのが『百年の孤独』。
インディオの語り部の語り方で、欧米文学がずっとテーマにしてきたことを語ったような新しさがあったのだと推測します。
ぼくは、この「物語の語り方の新しさ」にとても感動しました。
40年前の本ですが、読書体験がそう多くはないぼくにとって、この語り方は今も新鮮で瑞々しいのです。
まさに、そう。全篇からかわれている感じなのです。
たくさんいる登場人物の名前がほとんど同じ、どこからが現実でどこからが作り話かわからない、
現在の話に過去の話が突如入ってきて時間の感覚がわからなくなる。
だから、読み進めながら物語を必死で整理しようとする。でも、それが終わらないうちに次のとんでもないエピソードが始まる。
また整理しているうちに、奇想天外なエピソードが始まる・・・これを繰り返していると、そのうち
「整理できた?現実か作り話かわかった?でも、そんなことどうでもいいよね、あんた頭カタいんじゃないの?」
とからかわれている気がしてくる。「もうどうでもいいや。細かいこと考えずに読もう」そう思った瞬間、
物語の世界に飛び込めました。めくるめく読書体験の始まりです。
この作品で作者がノーベル文学賞を穫ったことからわかるように、出版当時、世界の文学界に衝撃が走りました。
それは、今までの小説とは物語の語り方が明らかに違っていたからでしょう。
普段、ぼくたちが手にする小説はちゃんと辻褄があっているし、あっているということをよしとする。
ちょっと固くなってる"文学"を、"文学"でからかいにきたのが『百年の孤独』。
インディオの語り部の語り方で、欧米文学がずっとテーマにしてきたことを語ったような新しさがあったのだと推測します。
ぼくは、この「物語の語り方の新しさ」にとても感動しました。
40年前の本ですが、読書体験がそう多くはないぼくにとって、この語り方は今も新鮮で瑞々しいのです。
そんなに名作かねえ
読んだのはもう二十年くらい前だが、何ひとつ覚えていない。感動した記憶もない。読んだことだけは確かだ。とにかくみんなが名作だという。それで「ん?」と思っても、空気に押されて言えない、というのは、日本だけではなくて世界的な状況である。ここは勇気をふるって、自分には面白くなかった、と言ってみようではないか。まあ純文学ってのは20世紀前半に実験をやり尽くして、もう終わりつつあったから、こういう何かそれらしいフォークナーの亜流みたいなので景気をつけようとしただけでしょう、って。
500頁近い長さが短く感じられる魅力をもった長編小説
南米コロンビアの街マコンドに暮すブエンディア家の6代100年に渡る歴史を描く小説。
登場人物たちを貫くブエンディア(Buen dia=良き日)という姓とは裏腹に内戦、家族間の諍(いさか)い、近親婚など、暴力と波乱に満ちた日々が描かれていきます。
いや、見方を変えれば、これだけ波乱に満ちた日常も、「良き日」というのどかで無邪気な名字のせいか、立ち上がれないほどの痛みが伴わないとい う、不思議な魅力にあふれた物語であるともいえます。
登場人物たちの行動に南米先住民族を想起させる呪術的な色合いがある点もこの物語に凄惨さを与えない理由の一つでしょう。
また各男性陣はラテン文化特有のマチスモを確かに備えていますが、それに屈しないしたたかさを女性陣が皆湛(たた)えているため、これまた打ち ひしがれたといった思いを残す登場人物がいないのです。
殊に印象に残ったのは次のくだりです。
「『仕方がないさ。時がたったんだもの』
つぶやくようなその声を聞いて、ウルスラは言った。『それもそうだけど。でも、そんなにたっちゃいないよ』
答えながら彼女は、死刑囚の独房にいたアウレリャノ・ブエンディア大佐と同じ返事をしていることに気づいた。たったいま口にしたとおり、時は 少しも流れず、ただ堂々めぐりをしているだけであることをあらためて知り、身震いした。しかしだからといって、あきらめはしなかった。」(385頁)
人間は生まれて死んでいく過程で何かを積み上げ次世代へ伝承し、そして進歩を促すことを旨とするところがあるでしょう。しかしこの小説の人々の 性癖や行動原理は100年を経ても進化も深化もありません。一直線の確実な進歩に懐疑的な作者の思いが投影されているのでしょうか。永劫回帰的な物語展開 に強い説得力を感じるのです。
頁を繰りながらやがて物語が果てることがとても惜しまれてならなくなる小説です。
登場人物たちを貫くブエンディア(Buen dia=良き日)という姓とは裏腹に内戦、家族間の諍(いさか)い、近親婚など、暴力と波乱に満ちた日々が描かれていきます。
いや、見方を変えれば、これだけ波乱に満ちた日常も、「良き日」というのどかで無邪気な名字のせいか、立ち上がれないほどの痛みが伴わないとい う、不思議な魅力にあふれた物語であるともいえます。
登場人物たちの行動に南米先住民族を想起させる呪術的な色合いがある点もこの物語に凄惨さを与えない理由の一つでしょう。
また各男性陣はラテン文化特有のマチスモを確かに備えていますが、それに屈しないしたたかさを女性陣が皆湛(たた)えているため、これまた打ち ひしがれたといった思いを残す登場人物がいないのです。
殊に印象に残ったのは次のくだりです。
「『仕方がないさ。時がたったんだもの』
つぶやくようなその声を聞いて、ウルスラは言った。『それもそうだけど。でも、そんなにたっちゃいないよ』
答えながら彼女は、死刑囚の独房にいたアウレリャノ・ブエンディア大佐と同じ返事をしていることに気づいた。たったいま口にしたとおり、時は 少しも流れず、ただ堂々めぐりをしているだけであることをあらためて知り、身震いした。しかしだからといって、あきらめはしなかった。」(385頁)
人間は生まれて死んでいく過程で何かを積み上げ次世代へ伝承し、そして進歩を促すことを旨とするところがあるでしょう。しかしこの小説の人々の 性癖や行動原理は100年を経ても進化も深化もありません。一直線の確実な進歩に懐疑的な作者の思いが投影されているのでしょうか。永劫回帰的な物語展開 に強い説得力を感じるのです。
頁を繰りながらやがて物語が果てることがとても惜しまれてならなくなる小説です。
こんがらがりながらも読み進めるべし
ブエンディア家の祖先ホセ・アルカディオ・ブエンディアが家族と仲間とともに開いたマコンド村と、その中心にいたブエンディア一族の100年にわたる栄枯盛衰の物語。
国家との闘争と享楽が繰り返すなか、いろいろな形でブエンディア家も子孫が生まれていく。
村が開け、産業が興り、鉄道もつながるが、ブエンディア家を軸に描かれたマコンド村の様子を通じて、結局、世の中って男と女しかいない人間たちが関係しあって成り立っていくものなんだよね、みたいなことを思う。
そのこと自体も物語の主要なテーマであるわけだが、似たような(というかほとんど同じ)名前が繰り返し出てくるため、進むうちに”これ誰だっけ?”と、ぼんやりしながら読んでいた時間が実は結構あった。
しかし、それでもお構いなしにぐんぐん読み進めていくうちに、人間たちのバイタリティ、弱さ、一途さ、そして悲しさのようなものが感じられた。
大河ドラマ。
通勤かばんにはちょっとカサバるハードカバー約500ページは読み応えがある。
国家との闘争と享楽が繰り返すなか、いろいろな形でブエンディア家も子孫が生まれていく。
村が開け、産業が興り、鉄道もつながるが、ブエンディア家を軸に描かれたマコンド村の様子を通じて、結局、世の中って男と女しかいない人間たちが関係しあって成り立っていくものなんだよね、みたいなことを思う。
そのこと自体も物語の主要なテーマであるわけだが、似たような(というかほとんど同じ)名前が繰り返し出てくるため、進むうちに”これ誰だっけ?”と、ぼんやりしながら読んでいた時間が実は結構あった。
しかし、それでもお構いなしにぐんぐん読み進めていくうちに、人間たちのバイタリティ、弱さ、一途さ、そして悲しさのようなものが感じられた。
大河ドラマ。
通勤かばんにはちょっとカサバるハードカバー約500ページは読み応えがある。

この本は人を選びます。人間の感情の細かな動きに興味があって、
ただ物語が続くだけの小説が嫌いな人は、この本も好きになれないものです。
この本は世界の名作として好かれているが、はっきりいってマルケスの作風を
理解できる人は理解できない人より少ないです。よって多くの人は小説を読む
機会がそもそも少ないか、他の人につられているかという場合が沢山あります。
私も読んでいるときは物語の展開に気を取られてあっという間に読みましたが、
読み終わってからはもうどうしても内容を思い出せません。
人の性格も思い出せません。(結構性格が3,4パターンしかなく、皆そんな性格してます)
私のような読者は声を大にしては言えないけど、意外と多いんじゃないでしょうか。
あと新潮のこのシリーズは本当に大学教授の様な硬い翻訳で、マルケスの魅力が半減しています。
そういう事で、とりあえず名作という事で2つ星あげましたが、それ以上はあげられないです。